序文
自分の中にもう1人、あるいは何人も自分が存在するということに気が付いたのは……
中学の頃だっただろうか?
あらかじめお断りしておくがここでいう「もう1人の自分」とは、いわゆる多重人格というものではない。
例えば自分が何かを始めようという時に、
――本当にそれでいいのかい?
とブレーキをかけてきたり、逆に、
――何を躊躇する必要があるんだ、ホラさっさと動きたまえ。
などと云って背中をポン、と押してきたりする存在のことだ。
こういうものは《自問自答》とか《迷い》とか《葛藤》などという言葉で
簡単に片付けることが出来るはずなのだが、あまりに煩い私の中のそれは
そんな単語で処分されることを好まない。
些細なことから人生を左右する選択に至るまで、逐一、随時つきまとうヤツのおかげで、私はくりくりと思考を繰り返さねばならない。
まとまりかけたものを崩され、
なかなかの出来だと思ったものにもケチをつけられ、
尻込みをすると罵倒され、
弱音を吐くと切れ味の良い刃物で心の臓を抉られる。
私が考えれば考えるほど、ヤツも饒舌になって話しかけてくる。
それは極めて不快であると同時に愉快でもある――私にとって不可欠なひとときである。
だから私は、今日も思考の泥沼にどっぷりとはまっていく。
1999年6月 初稿
2001年7月 改稿(電脳版)
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