
| ホウレン草と小松菜の嘆き 私はホウレン草と小松菜が見分けられますって人、手ェあげて。 (ここで本当にあげてくれた人、ありがとう。あなたはきっといい人だー) 多分、あんまりいらっしゃらないでしょう。 ホウレン草、と表示してあるからホウレン草だと思う、小松菜って書いてあるから小松菜と信じて買う。 実際、よく見ると違いははっきりしているのだ。 葉っぱがとんがってるのがホウレン草、丸くうちわみたいな葉が小松菜。 ホウレン草の方が柔らかい感じで、小松菜は菜っ葉の中では比較的しっかり者である。 「葉っぱなんて見なくても根っこが赤いのがホウレン草じゃないの、ふふん」 と思っている人、ホウレン草は根っこの赤くないのもあるのでご注意。 主婦でも案外わかっていない人が多いんだよね。 それがティーンエイジャーの男の子なんかだったら尚更、菜っ葉はみんな同じに見えるだろう。 しかしホウレン草も小松菜も、別々の人格――じゃない、《菜格》を持っている。 だとしたら間違えて買っていくのは大変失礼なのだ。 自分が間違えて買ったクセに、 「小松菜の煮浸しを作ろうと思ってたのに、何よコレ、ホウレン草じゃないの!」 なんて言ってはいけない。 どれくらい失礼か。 ホウレン草の気持ちになるのは難しいだろうから、ちょっと人に置き換えて考えてみよう。 例えば「吉田さん」を「山崎さん」と間違えて呼びとめてしまったとする(名前を間違えた時点でもう十分に失礼である)。 さらに、「山崎さん」だと思って家に連れてきたら実は「吉田さん」だったのに気づいて、 「用があったのは山崎さんで、アンタじゃないわ!」 などと言ったとする。 これはもう、失礼どころの騒ぎではない。 この時の「吉田さん」の心情は? 自分が「吉田さん」の立場だったらどうだろう? しかし、人であれば何か言い返せるだろうが、ホウレン草も小松菜も、普通は人間と会話が出来ない。 間違われても、 「ぼかァホウレン草です! 小松菜じゃありません!」 と言えないのである。 何か彼らなりに訴えているのかもしれないが、悲しいかな、それは人間には伝わらない。 愚かな『自称・万物の霊長』には、ホウレン草の言葉なんて分からないのである。 だから彼らはじっと耐えている。 もしかすると仕方なくおひたしなんかにされる途中、湯の中でヨヨと泣き崩れているかもしれない。 泣きすぎて、ゆですぎて、くたくたのドロドロになってしまったホウレン草は、おひたしにすらなれない。 なんてカワイソウなんだ! ホウレン草と小松菜の共通点は、せいぜい「緑色の菜っ葉」であるということくらいだ。が、ホウレン草にはホウレン草の、小松菜には小松菜のプライドが、きっとある。 彼らは、僕は僕以外のナニモノでもない、とずっと訴え続けているのだろう。 だからみんな、彼らを見分けてやって欲しい。 そんなに難しいことではないから。 お願いだから。 頼む……。 |