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モヤシのプライド

モヤシは庶民の味方である。
なぜなら安い。値上がりもしない。
酢の物や炒め物に入っていたり、みそ汁に入ったりしてさりげなく活躍している奥ゆかしい野菜だ。
キャベツの値が高騰している時、外でお好み焼きを食べて、あれ、ちょっとモヤシが多いんじゃ ないの・・・・・・? と思っても、お店の人に抗議なんかしてはいけない。
モヤシは助っ人野菜なのだ。
給料前にモヤシを使った料理が増えたりするかもしれない。
この時も料理を作ってくれたお母さん(あるいはお父さんかもしれないが)を責めてはいけない。
モヤシを使うのは生活の知恵なのだ。
むしろモヤシ料理でピンチを切り抜ける人をこそ、絶賛すべきである。

そんな有り難い野菜なのに、モヤシの扱いはひどい。
冷蔵庫の中のその存在を忘れられ、劣化してしまったモヤシは、袋ごと何の躊躇も罪悪感もなく、 ポイと捨てられる。
あまりにも安価なために、安易に丸ごと廃棄してしまう人間、その安さゆえの過ち・・・・・・(あれ、何 言ってんだろ、私・・・・・・)。

モヤシの中には、たまに根っこの細い部分を人間の歯と歯の間にひっかけて、オレはここだと 自己主張してみたりする、根性(?)のあるヤツもいるが、どうあがいてみたところで、つまようじ と言う名の武器によって処理されてしまうのが彼らの運命である。

ところでわが家と違ってハイソ(?)な家庭では、「根切りモヤシ」という、すでに根が切ってある ちょっぴり高価なものを使ったりするそうだ。
私はひそかにこの根きりモヤシを根性無しモヤシと呼んでいる。
モヤシのあの根っこは、実は彼らに残されたプライドなのだ。
「歯にはさまって気持ち悪い」という人間の都合で根っこ――プライド――を捨てなければなら なかった彼らは、とても悔しい思いをしているのだろう。それとも、悟ってしまって穏やかに その菜生を終えるのだろうか。

もし、モヤシ語を話せる人がいたら一度聞いてみて欲しい。
根切りモヤシに、「悔いはないのですか」と。


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